校長だより(最終号)

想うことは実現する

人間は,

長い歴史の中で 『想像』したことを 『創造』してきました

 

人が月面を歩く 百メートル走で十秒を切る いつどこにいても世界の人とつながる

 

昔なら,とても考えられなかったことでしょうが

夢や憧れが,人をつき動かし

「不可能」と思えることを「可能」にしてきたのが人類の歴史です

 

どうぞ,自分自身の人生について

「こんな夢を叶えたい」

「こういう人になりたい」と

『想像』したことを 『創造』できる人になってください

 

*令和5年度末人事異動により,この学校を離れることとなりました。2年間大変お世話になりました。教諭時代を入れると通算5年をこの双葉東小で過ごしました。

 

*3学期の始業式,自分自身の夢として次のような話を子供たちに向けてしました。

「人としてこの人と一緒にいると幸せな気分になれる」

 「一緒に仕事をしていると楽しい」

 「この人に出逢えて良かった」

そう言ってもらえるような人になるため,「人格を磨く」という修行を校長先生は続けています。

 

*校長職なんて子供から見たらずいぶん立派そうに見えるかもしれませんが,「人」としてはまだまだです。未熟なことばかりです。よって,いまだに修行中となるわけです。

 

*さて,私は,たまたま「教育に携わる仕事」を通してこの「人格を磨く」という修行をしていますが,子供たちには学校というステージを通して,多くを学び,多くの人と出逢い,幸せになるための良い修行を続けられることを願っています。

 

*心に残る別れ,新しい出逢いが子供たちにとって良いものとなることを願ってやみません。

 

令和6年3月吉日   

甲斐市立双葉東小学校 竹野貢造

 

旅立ちの日に・・・

 *3月19日,第136回甲斐市立双葉東小学校卒業証書授与式を行いました。

多くの来賓を賜る中,保護者の皆様のあたたかい拍手に包まれて,本校自慢の6年生が学び舎を巣立っていきました。

 

*6年生の卒業アルバムには『永 六輔』さんの言葉を借りて次のように寄せました。

 

生きているということは,誰かに借りをつくること

生きてゆくということは,その借りを返してゆくこと

             

  皆さんはこれまでに

   どれくらいの借りをつくってきたのでしょうか。

   お世話になった人は何人になるでしょうか。

  

父母にはじまり、

  自分をとりあげて下さったお医者さん、看護婦さん

  お祝いにかけつけてくれたおじいちゃん、おばあちゃん

  近所のおじさん、おばさん

   お米を作った人

  魚をとってくれた人・・・・・・・・・・・・・

  一万人? 百万人?

 

   多くの人に支えられて

  今 この時があることをいつも忘れないでください。

 

   伝統ある双葉東小学校を

   巣立っていく六年生のみなさん

   

これからも 何事にも 前向きに取り組む

  そんな良さを失うことなく

   しっかり自分と向き合った 生き方をしてください。

 自分自身に恥じることのない 生き方をしてください。

 

そして何か迷うことがあった時には

 自分自身を変えられる

   険しい方の道を選べる 

   そんな生き方をしてください。

 

 

*そして卒業式校長式辞の締めくくりは次の通りです。

 

「別れ」というのは,どこかもの悲しいことなのですが,人間というのはいつか自分ひとりだけの力だけで生きていかなくてはなりません。

もちろんそれは,自分勝手に生きていくということではありません。

 

世の中の多くの人の中で,一人だけの力で生きていくということなのです。

 ひとり立ちできる人間になるようお手伝いするのが,

私たち教師のつとめであり

 ひとり立ちできるようになることが,

君たちに課せられたつとめです。

 

双葉東小学校のリーダーとしてすばらしい足跡を残したくれた皆さん。

これからは,みなさんを目標にして,

みなさんに負けないような学校づくりを双葉東小は目指します。

いつも大きな夢を持って生きていくことができるよう

お互いがんばりましょう。

 

最後に,卒業生の皆さん,

別れにあたりみなさんに願うことは,

 

抱えきれないほどの想い出つまった小学校での時間に負けない位の

そんな豊かな人生をこれからおくってください。

 

この6年間の日々が,いつの日か色あせて記憶のすみに追いやれる

      そんな素晴らしい日々を過ごしてください。

 

これからも たくさんのよいもの,

美しいものに出逢えることを祈っています。 

 

*自画自賛ではありますが,素晴らしい職員に見送られ,素晴らしい式が挙行されましたことを,ここにご報告いたします。

 

 

 

いよいよ 明日です・・・

*6年教室にある日めくりカレンダーもいよいよ「卒業まであと1日」を示すことになりました。

いよいよ明日「卒業式」を迎えます。

卒業式の練習の多くは呼びかけと歌に費やされてきたことだと思いますが,「歩く」「座る」「お辞儀をする」「無駄に動かない(!)」などといった基本的な動作の練習もたくさん重ねてきました。

普段当たり前のようにしている「歩く」という動作もあらためて行ってみるとなかなか難しいようです。意識すればするほどその動きがぎこちなくなってしまうからです。

当日はお家の方をはじめ多くの方からの熱い視線を受けることでしょうが,出来る限り自然に堂々と振る舞えるようにさせたいものです。

 

*呼びかけについては「短いセリフだけど自分が担当したセリフなら誰にも負けない・・・」それぐらいにまで高めて欲しいと思ってきました。

日を追うごとに担任から出す注文も次第に増えてきているのでしょうが,6年間を締めくくる卒業式こそ最後の授業であり『最後の授業=最高の授業を!』という想いがそうさせているのだと思います。

そして「まだやれる」「この子の力はこんなものではないはずだ」という想いもそこにはあるのです。  

 

*呼びかけでは,「恥ずかしさ」という自分自身が身にまとっている殻を打ち破ってほしいと願っています。しかし,主役を演じるのはあくまでも子供達であり,その子自身の心の内にこうした気持ちがわかない限りはどうすることもできません。

結局のところ,自分を変えていけるのは自分だけでしかないからです。

これは,単に大きな声を出せばよいということを言っているのではありません。

素晴らしい式とするために,自分自身が出来ること,集団として出来ることを,もう一度しっかりと意識してほしいのです。

 

*卒業式の前半は儀式的な色合いが濃い内容になっています。

その中にあって一番のメインプログラムはなんといっても証書授与の場面となります。

会場中央へ歩み出て担任の呼名に返事をして,学校長から証書を受け取り,再び自分の席に着くまでのわずかな時間,この晴れの式での主人公となるわけです。

これまでテストを返したり,出席を取ったりと様々な場面でクラスの子供達の名前を呼んできましたが,卒業式では担任は最高の呼名をするように努めることでしょう。

子供達の最高の返事を期待します。

 

*3月14日の3校時,初めて5年生と合同で練習をしました。

「1年後の自分の姿を想像して6年生の雄姿をしっかりと目に焼き付けておくように」と5年生には話し,

「今の5年生に簡単に追いつかれたり,追い抜かれたりするような目標にならないように」と6年生には話しました。

45分間の合同練習でしたが、大変質の高い時間を過ごすことが出来ました。

 

明日がすべての子供にとって佳き日となりますように       

 

 

お互い気を付けていきましょう

*先週は,市内の学校でインフルエンザ罹患による学年閉鎖・学級閉鎖があると聞きました。どちらも6年生だったと思います。1年365日,1日24時間は,いつ何時も変わらないのですが,この3月は特に密度の濃い日々を過ごしているような気がします。教職員も年度末年度始の3月,4月は多忙を極めます。

体調管理には,

お互い気を付けていきましょう。

 

*生徒指導に関しても年度末には十分な注意が必要となります。

つたない私の経験ですが,普段はしないような失敗を子供がしてしまうのもこの時期に多いような気がします。

例えば,教室のガラスを割ってしまう,危険な遊びをする,物を盗る,地域で迷惑行為をする・・・・・ネガティブなことを並べてしまうのですが職員にはもう一度手綱を締めようと申し合わせました。

「知らぬは大人だけ」となってしまわぬよう

お互い気を付けていきましょう。

 

*先日たまたま読んだ雑誌の内容です。

 

「子供のウソが減る絵本」 ~カナダの大学による実験~

①3~7歳の子供を一人ずつ部屋に呼び,「私が戻るまで,ここのおもちゃを覗かないでね」といって部屋を出て行く。ほとんどの子供はおもちゃを覗いてしまう。

②子供を4つのグループに分け,グループごとに違う絵本を読み聞かせる。

③子供におもちゃを覗いたかどうかを尋ねる。

 

絵本は次の通り。

A「ウサギとカメ」 B「おおかみ少年」 C「ピノキオ」 D「ジョージと桜の木」

 

BとCはウソをついてはいけないというお話。

Dは,お父さんの大事にしていた桜の木を切り倒してしまったジョージ少年が,それをお父さんに告白すると

「木を切り倒したことよりも,正直に言ってくれたことを褒められた」という物語。

Dの話を聞いた子供たちに「おもちゃを覗いた」と認める子が圧倒的に多い,という結果になった。

 

*保護者の皆さんならばこの話の真意はすぐに伝わることかと思います。

 「いい芽を育てる」接し方,

お互い気を付けていきましょう。

 

 

学校雑風景

*3月になりました。ようやく春の兆しが見えてきたような気がします。

全ての学年が3学期だけではなく,1年間の締めくくりをします。

 

*世界に目を向けると,戦争のニュースが毎日報じられています。

子供から見たら賢いはずの大人が起こしています。

大人から見たら未熟かと思える「ごめんね」「いいよ」という子供の世界が麗しく思えます。

 

テストによって測ることの出来ない力

*人間の能力,実力には「テスト」によって測ることが出来るものと,「テスト」によって測ることが出来ないものがあります。どちらが大切かと言えば,両方とも大切だと思えます。

しかし,「どちらか一つだけ」というなら「テストによって測ることが出来ないもの」を選ぶ人が多いことでしょう。それは「テスト」が悪くても「テストによって測ることの出来ない力」を持った子ならいつかは克服をすることが可能だからです。

小学生のころテストの点数が悪くても,あとになって伸びていったという子はいくらでもいます。

 

*「テストによって測ることの出来ない力」を持っている子なら,多少「ワンパク」でも大丈夫だと思っています。それよりも逆の場合が問題なのです。

つまり「テストの点数がいい子」でありながら「テストによって測ることの出来ない力」が不足している子が問題なのです。「テストの良さ」によってはカバーしきれないものがあるからです。

「テストだけが良くて,ほかに何も出来ない人間」の存在が企業などで問題になっていますが,まさにそれです。

 

*では「テストによって測ることの出来ない力」とは何でしょう。

それは体験することによって身についていく能力です。

たとえば目的を達成するまで工夫するという力です。

いろんな人の中では我慢しなければならないこともあるという体験です。

自分のやろうとしていたことが達成出来たときの喜びです。

あるいは,思うようにならなかったときの悔しさです。

このような力は「テスト」では得られないのです。一つ一つの体験の中で身につけていくものです。

 

*生活体験を豊かにするにはちょっとしたコツがあります。

例えばお使いをさせる場合にも,ただ「○○を買ってきて」と頼むのではなく「一番安い所で」「新鮮なものをお願い」など一つの課題を与えると良いと言われています。

あるいは「二つの店を回って調べてから買ってきて」と頼むのもいいでしょう。

つまりは子供たちの知的好奇心をちょっとくすぐってやるようなスパイスがあると良いようです。

  

  

 

 

校長先生へのお願い

*先日の休み時間,あるクラスの女の子と男の子が校長室を訪ねてきました。

訪問の理由は,

「校長先生に担任の先生のことについてどうしてもお願いしたいことがある」

ということでした。

ドキッ

何だか真剣な話だなと感じたので,私も椅子にきちんと座り直し,2人の話を聞くことにしました。

「2校時に担任の○○先生を校長室に呼び出して欲しい」というのがお願いでした。

???

2校時? 校長室に呼び出す?

 

*さて話の趣旨は概ね次の通りです。

『担任の○○先生にこれまでお世話になったので,感謝の会をしたい。教室に飾り付けをしたいのでその間,○○先生を校長室に留め置いて欲しい』

なんとも,麗しい申し出ではありませんか。

「○○先生もきっと喜ぶだろうね」

と快諾しました。

もしかしたら,担任にはうすうす感づかれているかもしれませんが,きっと良い時間がともに過ごせたことでしょうね。

 

*余談になりますが,

不肖我が娘も朝日小学校一年生の時に当時の石川校長に対して有志何名かでこぞって校長室に行き,

「来年も●●先生を担任にしてください」

とかけあったことがありました。

 

○○先生,●●先生 うらやましい限りです。

 

思春期をうまく乗り越える その2

 

<前号と併せて読んでいただけると幸いです>

 

思春期というのは,心の問題として明確な4つの特徴をもちます。

 

第1は,今まですばらしいと思っていた価値観がそうでないという価値観に変わります。

第2は,夢とか憧れに対して強烈に望むようになります。

第3は,本当の友達が欲しくなります。

第4は,自分を受け入れてくれる人を欲するようになります。

 

*この4つ全部もっていて思春期なのです。どの子にも思春期は必ずやってきます。

子供にとってとても大切なこの時期,うまく乗り越えさせることのできる大人でありたいものです。

ところで,子どもの成長にとって

「いいところを伸ばす」「欠点を直す」,どちらが大事なのでしょうか?

 

船井幸雄氏(船井総合研究所会長)は次のように言っています。

 

どのような人でも会社でも,自他ともに認める長所が必ずあります。長所とは自信のあることでしょう。上手にできることです。得意な分野です。ついている分野です。効率の良い分野だといったらよいでしょう。こういう長所を意識的に,ぐっと伸ばすのが長所伸展法なのです。

ついているものと付きあうのですから,一挙に「つき」がつき,運が良くなります。上手に生きられるようになりますし,経営も上手にできます。試してみてください。おもしろいほど効果があがります。

ただ,ここで注意しておきます。だれもがよくやって失敗するのが短所伸展法と同様,短所補正の試みです。 『船井幸雄の人間の研究』船井幸雄著 1992年(PHP研究所)

 

また,向山洋一氏(民間教育団体TOSS代表)は次のように言っています。

 

子供を伸ばす2つの方法,つまり「良いところを伸ばす」「悪いところを直す」のどちらの方法がいいのだろうか。

なかには,両方必要といわれる方もいよう。

むろん,「よくないところ」を直していくほかないし,「よいところ」を伸ばすことにこしたことはない。両方必要だ。

ただ,「教育の方針」として,どうするかといえば,どちらの方針を1つとるべきなのである。そして,結論は決まっている。

片方の方針が正しくて,片方の方針はまちがっているのである。

次のやり方の,どちらが正しいく,どちらがまちがっているのだろうか。

 1,良いところを伸ばす。

 2,欠点を直す。

これは,「良いところを伸ばす」ことが正しいのだ。

人間とは,不思議なもので,「良いところ」を認められ,ほめられると,更に努力する。

自分にも心地よいものなのだから,「努力する」などと思わなくても努力してしまう。

良いところはほめられるとどんどん伸びていくのである。

そして「良いところが伸びた結果」として,それまでの「欠点」も,少しずつなくなっていく。

 

西澤潤一氏(東北大学総長)は次のように言っています。

 

ノーベル賞を受けた人たちに共通していることは,自然現象の美しさや,不思議さに心奪われ,他のことを考えたりやったりする暇もなく,夢中になったということは,誰についても言えることです。

(中略)

やはり,好きなことに打ち込んでいくということが,どの受賞者の先生方の少年時代からも共通している言葉だと思います。

 

『好きなことをやれ』少年ジャンプ編集部 1994年(集英社)

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